菊男日記

「冷し中華はじめました」ばりの軽いノリで始めてみました。日々のあらゆる出来事をマクロ的ミクロ的視点で、つらつらと書き綴るブログです。おそらく更新は 適当かと思われます。更新したり、しなかったり。 どうぞみなさま、お暇でしたらコメントをお寄せください。みなさまがハピネスでありますように。

2011年05月

突然の告白に!!

あまり、こういう内容を書くのはどうなのかなーって感じだけど、かなりぼやかして。。

先週、これからも続くであろう命が、ある病によって危ぶまれるかもしれない方とお話する事がありまして、、。
突然の告白でしたので、驚き、驚き、でしたよ。
僕、実は20代初めの頃に父を早くに亡くしてるんですが、そういう事(死ぬかもしれないみたいな事)に関しては割と考えてきたけど、久しぶりになんか、なんか、って感じです。

いくら人間は死ぬもの、と定義されていたって、ある時点から、あなたはこうこうこうで、こういう治療をしてもし駄目だったら、あきらめてくれと、遠回しでも言われたなら、なんか、なんかですよね。

自分自身の人格者形成に、少しでも影響を与える人間がある時点を境にそういうような人生の周期に突入したということ。。

「いろいろやってきた方だと思う。」

そうですね、僕に比べたらこの方どんだけ努力して生きてきたんだって言うくらい立派な人。

先週までに考えていたモヤモヤしてた事が死生観を考えるということで、一気に吹っ飛びましたね。

ある時点から、自分の力ではどうにもできない人生計画の変更をどのように、受け止め生きるか、、。

これも自分の運命。
ホントにそんな諦観めいた言葉に何もかもが集約されているように思えて考えさせられます。

先週の後半何日かはこんな気持ちでただ漠然と生きていました。

目の前のあらゆる事が本質のない合理的な淡すぎる思考によって動かされ、ただ一人ゆらゆらと。

そういう方の心の小さな動き、僕の言葉を必要としてもらった事になんか、なんかです。
なんか、あんまり全然、チャラちゃらしてるほうで、またまだ子供ですよ。。
ん~なんか、なんか、じんわりです。。

カーテン自分で作っちゃいました!!

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いやいや、我が家のカーテンが完成しましたよ~!! カーテンをどこで、何を買うかがちょっとした我が家の揉めごとに発展していたので、これで一件落着です。 カーテンってよくよく考えてみると、なんかいつもこんなんしかないし、まあこの中でも、まあ無難だし、お手頃だしこれで、、みたいな、意外に妥協しちゃう消耗品だと思いませんか? 引越しする度、窓のサイズが違うし、、、。 人生初のオーダーカーテン!!って考えたけど、、 なんかテカテカしたやつばっかだし。。 つーことで自分を納得させるなら、カーテン自作でしょ。。 まあね、元アパレルカジュアルショップ販売員経験のある僕はミシンも何気に使いこなせちゃう訳ですよ。。980円のセール品チノパンの裾直しとか、鬼のようにやらされてた訳で。。。 しかしユザワヤっつーか、手芸屋ってマニアックすっよね~。布、布のオンパーレドです。 選んだぬのは10オンスデニムの生地。汚れたら洗濯機でガリガリ洗いたいし。 カーテンとして安っぽいのか、高いのかは不明。。 うち、2メートルの高さの窓あるので、1m1280円の生地、家分かったら、小物も合わせて、20000円もかかったよ。(~_~;) 自分で作る人件費考えたら、安くないかものはし。 しかし、実家からミシン借りて、布のハシをアイロンかけて、4面分も縫うのは、飯も食わず一日がかりでいきものがかりでしたよ~! やはり全て自分で納得するのは甘くないっすね。 寝室はブルーとグレーで左右対称違う色にしました! いやいや、安物カーテンよりはいいっしょ!

atプラス08 震災特別号!!

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いやいや、またまた菊男日記更新貯めてしまいました。
何が悪いって?、
そりゃiPhoneが文字打ちにくいからなんですよ。(怒)
長く更新しなくて、ごくたまに、アクセス数をチェックすると、意外にもこの菊男日記をチェックしてくれているアングラなお方達が!!!
いざ、いざ更新せねば!
心の叫びを!

つーことで、先月から、やっと待っていた本が発売されましたよ。

一部、脳みそに他者の思考をいれなければで勉強本として読んでいる。隔月本、
atプラス08震災緊急時特別号。
今回、巻頭コラムを飾るのは、建築家、磯崎新さん。
題名は瀕死の建築ですって。。

建築は、人と都市を繋ぎ、はたまた国家を作ると、、。
インド人のマハリシ マヘーシュ ヨーギーの空中浮揚の話からヒトラーのニュルンベルク党大会のサーチライトの話まで、かなりイッちゃってます。
外圧ー内乱ー受容ー変形

この度の震災以後、新たなる可能性を切り拓くには物狂いの沙汰でなければならないと!!
解る!解りやす!
自然災害も想定外と言うのなら、受容する側も想定を超えなければ!!そりゃ空中浮揚の話になりますわ!!

しかし!今回この本の中で一番ハッとさせられたのは、大塚英志さんの戦後文学論、高揚と喪失です。

僕自身が震災後なんだか、ふわふわ、つかみどころがなく、やや鬱っぽいなんとなく浮いてるような気持ちに陥ってるのはどういう状態なのか、この論考でバチこん、ズシーンと来ちゃいました。
そう!!言うなれば、終戦後の日本と同じなのです。
はたまた80年代の安保闘争を外部から傍観して、挫折感を味わった当時の人間と同じなのです!!

高揚と喪失。深い!

戦後文学とは、悲劇を高揚に変え、憂い、まるで怖いもの見たさのように悲劇を求め愛す文学なのでは、、、。
知らない間に自分達はいつしか悲劇をリアルな充足の場として、受容する身体性が戦後文学によって、染み付いているのではないか、、。
太宰や、坂口安吾、三島由紀夫も、しかり。

震災直後の、あの、チェルノブイリ級を待望しているかのようなメディアの在り方や、買占めに走る国民の姿。。
もはや、高揚と喪失感は否めないのではないか。

そこかしこに転がっている論考の中、この方はかなり素直な心情を語っていて、見事な切り口だと思いました。

内田先生も「リスク」の話をしていましたが、結局の所、自分の許容できる責任を大きく超えたリスクをそれぞれが負った結果なんですよね。

その大きく超えたリスクを取ることになにかこう簡単に口では表すことのできない甘さや、高揚感があるのです。
リスクヘッジと高揚感に関しては話は別なんだろうけど、、。

激しい喪失感を味わった人間はもはやロストですね。

高揚感と喪失感の甘くてほろ苦い関係性。。。

あらあらなんか、ヤバい話しになって来ちゃいました。
申し訳ないのですが、不謹慎だとは思わないでください。
誰しも自覚症状はあったはずです。。。

高揚感も喪失感も自覚して、尚日々をたんたんと生きる事、それが1番難しいんですね。

って、、今の僕はもはや、時間軸すらも怪しくなってきました。

自分の人生は何時、何処でどんなタイミングで終わりを迎えるのであろうか?

人生は儚い。
自分にもあてはまるんだろうな。。

今までの人生で気付かずに刷り込まれたフォーマットを塗り替えるにはなかなか難しいですね。

いやいやしかし、
ほんと勉強になりますわ!
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